目の前に居る人物は、その先に居た。
どう説明すれば、どう説得すれば其処から落ちないか、
なんて試行錯誤綺麗事や下らない話を一生懸命考えたが答えが中々出てこない。
「なーにやってんの、探しただろうが。 危ないから、こっちこい」
宿直室で寝るまで起きてて、と言われたのにもかかわらず午前4時に俺はとうとう眠りに付いてしまった。
しまった寝てしまった、と気付いたのが1時間ぐらい前。
机をはさんだ部屋の隅で寝ているはずの人物、其処にいないのに気付いた。
3-Zの教室、職員室、保健室、どこを探しても居ない。
だったら、一番良く行くところを最後に探すしかなった。
「屋上は寒いだろ? どうやってフェンス越しに行ったのか知らねぇけど、早く来ないと銀さん帰っちゃうよ?」
返事しない、背後。寒いはずなのに、ワイシャツ一枚。上着は確か宿直室にあったはずだ。
今の俺からのポジションからは、生憎背中しか映らない。
ふと振り返り見えるのは満面の笑み。悪戯をするときの小さな子供のような、無垢で憎めない素敵な笑顔。
あぁ、もう一人のお前か。
「ほーら、早く来ねぇと、今日ジャンプ発売だろ? 今銀さんそっち行くから待ってなさーい」
そう俺なりの陽気な声を出したら、やっとコッチへ振り向く体制になってくれた。
「寒いけど、宿直室暑かったから、今の寒さが丁度良いんだ」
無邪気に笑うお前。何時ものお前だったら絶対に見せない笑顔。
平然に、危な気も無くフェンスを飛び越え少ししか離れて居ない俺に勢いよく抱き付いてきた。
俺はそれを上手く受け止められなくて、よろけてしまい地面に2人一緒転げた。
しばらく俺の肩に顔を沈めて何も言わない。何も喋らなくなった。
俺はあやす様に、優しくその小さな背中をぽんぽんと叩いてやる。
そんな優しげな音が冷たい風吹く屋上に小さく聞こえた。
「寒くなったね」
「だから言ったろ? 戻るか? 美味しいミカンがあった筈だぜ?」
「う、、、、ん、そうだったよね」
顔を俺の首元に埋めるお前を抱きしめたまま。 俺は背中をぽんぽんと軽く叩く手を止めない。
すると急に、銀ちゃん、と小さく呟いた声が今さっきの無邪気な声よりワントーン低くなった。
あぁ、お帰り。何時ものお前。
さようなら、希望に満ちた笑みをひとかけらも残さないで時々気まぐれに出てくるお前。
うずめていた顔を急に上げ、俺の腕から逃れるようにして、立ち上がり振り向いた。
そのまま前へ、フェンスのほうへ。
身軽な体は、糸も簡単にフェンスの向こう側へと飛び越えた。
数十分前と同じ事が繰り返されれば良い。
学校中駆け周って、やっと探せたお前を何時ものように引きとめて、
そしたらもう一人のお前がちゃんと生きる顔で俺を見て微笑んでくれる。
実際そんな事、何回も繰り返された事は無いのに。
何時も俺が、一生懸命引きとめて、お前を生きると言う地獄に引きずり込むのに。
実際、お前にとって活きていて何も特にはならないだろう?
お前に生きてほしいってのは、俺のエゴ。
特に引き止める理由なんてなかった。
ただ、お前に活きてほしい。 深い理由も、カッコ良い理由も、大層な理由もどこにも、一つも無い。
だけど、ただ、生きてほしいだけだったんだ。
俺の隣で、笑ってくれればいい。
しいて何か理由らしき言葉を吐けば、
笑ってくれなくても、傍にいてくれるだけで、それで良いんだ。力になってくれる。俺の生きる糧になってくれる。
俺の生きる糧がそこに生まれる度に、お前の地獄はどんどん深くなってゆく、
だけど、お前にとって、俺のそばに居ること、これ以上の苦しみなんかないよな。分かってるのに。
それでも、俺がお前の傍に居て、俺がお前の生きる糧になればいいなって、そんな大層なことを願ってた。
怖くて震える声でつぶやく
お前の名前を呼んで
「ごめんな、」
俺の傍にいて、辛かったはずななのに。
痛いよ 辛いよ いやだよ
そんなこと、一言も言わず心にその言葉を飲み込んだ。
声をあげて泣いたって構わない。
その時は、俺が傍に居るから。
そんな事、思い始めた頃にはお前の涙は枯れていて、生きる事を放棄した顔をしていた。
「どこ行くんだ? 俺もつれてけよ」
俺は、そっと静かにほほ笑んだ。
そしたら、お前のその冷たい頬に、あるはずもない希望が見えた気がした 。
「銀ちゃん。」
なんだよ?
あのね、あのね、あのさ、
もう一人の俺は、活きたがってたよ。
俺、いっぱい居るけど、今さっきのは心を殺してまでも生き残った、生き残りでさ
かっこよくもなくて 目に見える楽天家でバカだけど。
こんな冷たくて笑わない、銀ちゃんの傍に居たつまらない僕が、ここまで生き残れたのはたぶん
というか、絶対、
傍に居てくれた、こんな俺を傍に置いてくれた銀ちゃんのおかげで。
銀ちゃんは俺の欲しかった影<人格>
どうか、こんな俺でも、心の中に、小さな隅っこでいいから、居させてください。
「そんなこと言わなくても、このフェンス飛び越えれば、いつでも俺が傍に、ずっと居るよ、?」
夜明けを抱く空
お前と俺を阻む境界線までの距離
あともう一歩だってのに、ちっとも足が動かずに届かない
らしくない涙が止め処なく溢れそうになるから、今下を向かないで前をしっかり見ていたら、
お前が見える視界が、何かで歪み、お前が見えなくなった。